上京して3年が経った。
高校を卒業するとき、きみが言った言葉を今でも思い出す。
「あっちに行ってもわたしのこと忘れないでね。」
最後のあがきだったのだと思う。
紙パックのコーヒー、喫茶店のステンドグラス、悲しい歌ばかりのあのロックバンド、指先の赤。
東京にいてもきみを思い出すのは容易い。
ああでも、ちょっと見てみたいかもってきみが言っていた満員電車は、多分乗らない方がいい。
次会うことがあったら話そうと、行き先の曖昧な言葉ばかりを溜め込んでいく日々が続く。
上京してから初めて恋人ができたときも、 何故だかそれは変わらなかった。
去年、帰省したときに開かれた同窓会で少しだけきみと話をした。
本当は君が参加するのを知って地元に帰ることを決めたのだけれど、休みがたまたま重なって、とか不格好な理由をつけた。
きみはレモンチューハイを飲んでいた。長かった髪は肩のあたりまで切られており、薄く化粧もしていた。
「変わってないねえ」と笑う顔を見て、泣きたいような気持ちになって一瞬言葉を詰まらせた。
忘れないでと言ったくせに、忘れてんのはそっちだろと少しだけ思った。
きみが右手に思わせぶりな指輪なんてつけていたから、何も聞くことはできなかった。
帰り際、きみは何か言いかけたが、なんでもない、とまた笑って、慣れないヒールをコツコツと響かせていた。